トーマの部屋 ルナリアン

巷では、かぐや殿下と呼ばれている。なぜか地球に降りて音楽を作っていた月面人。

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これは、私が記すべき記録であり、全ての人が理解する必要はない。

”人間は神ではない。医者であろうとも。
だけど、救いたい気持ちは誰にでもある。”

これは弱肉強食の場になろうとしている、
とある病院の先生が言っていた言葉。

助かるはずの命が消えていくのを見たそうだ。

優しさや慈悲だけでは人は救えない。

経済的に苦しい患者には、
助かるはずの手術、あらゆる処置、
病状を見てあげる事さえ、国が許さないそうだ。

どんなに助けたい気持ちがあっても、
どうすることも出来ない。

もはや生死を判断するのは医者ではなく、
国やお金が絡むこの社会そのもの。

経済的に有利な順に生き残る。
まさに弱肉強食。

肉体ではなく、お金に強さを委ねた社会に過ぎない。


だけど、そんな世界に住む医師でさえ、
”愛がなければ生きていけない”という。

それは精神的なもの。

結局、人間は”独り”。

”独り”だからこそ誰かに心配してもらえる。
”独り”同士だからこそ頼りあえる。

どうしても利害関係が表立つこの世の中では、
そんな事実も上手く見つけられません。

”世は金”であって、間違っていると解りつつも、
そんな社会に適応する為、地位や名誉、
他人より良い暮らし、よりお金になるものを求めていくのが人間。

そうやって得て来たもの全て取り払った時、見えてくる繋がり。
何もなくなった時に見えるのが真実と想い。

ただ”想い”で繋がる人と人。
その繋がりこそ本当の強さなのではないかと思います。

そうやって繋がって、心が良く生き続ける事が大切。
それが出来たならば、定められた命の長さなど自慢ではない。


”私はそれを他人に解かってもらおうとはしない”

他人の気持ちなど、誰も真に理解などできはしない。
例え相手が愛する人であろうと、ただ”共感”が出来るだけだ。
一人一人、人格は違う。

何を考えどう生きたのか。
他人の記憶に残す事。

それが私の仕事であり、願いです。

これは、私が記すべき記録であり、
全ての人が理解する必要はない。
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suo gan

suo gan
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ダブル キャラクター [陽]

人間が本気で走れる時というのは、
食べる為に獲物を追う時か、死の危険から逃げる時。
陸上競技はそういった心理の疑似体験から生まれた。

食べる為なら、他人が落とした芋を奪う。
生きる為なら、死人の靴をも剥ぎ取る。

人間が作ってきた法律やルールは、
そういった欲望がただ明るみに出ないようにする為のもの。

人間はもともと残酷な欲望の申し子。
誰もが内に秘める何かを奪いたい欲望。

教育と法で抑えられてきて、行き場を失った欲望同士は、
精神世界へと置き換えられ、いろんな力を利用して、
間接的な殺し合いに移り変わっただけの社会。

これでもまだ、”平和”と呼びますか。


敵方の兵士に敬礼。
爆弾の閃光は花火。

そんな子供ですら巻き込まれる戦争と変わらない。
この”平和”と呼んでいる社会もまた巻き込んでいる。

そんな世界に私はあきらめない。


と、言っているが、
もう一人の自分が書いた文章が、
ひどすぎて書き直したものです。
ごめんなさい。

パスワードを知ってる方は、へどうぞ。
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